無線LAN-IEEE802.11

 無線LANは有線LANの代表格であるイーサネットと比較すると格段に複雑ですので、規格の話は少しおいて具体的なところから説明していきます。





1 無線LAN-初歩の初歩

1.1 無線LANがどうやってつながるのか考えてみよう



 初めにパソコンなどの端末を無線を使って有線LANに接続することを考えてみましょう。有線LANに接続している機器とパソコンを無線を使ってつなぎます。有線LANにつながっている機器は親機と呼ばれます。アクセスポイントなどと呼ばれることもあります。パソコンなどの端末は子機と呼ばれます。子機は無線クライアント端末などと呼ばれることもあります。

 アクセスポイントはルータの機能を持っていることもありますし、ブリッジ(スイッチ)の機能を持っていることもあります。量販店などで販売されているアクセスポイントの多くは「つまみ」の位置を変更するだけでルータとなったり、ブリッジになったりすることができます。

 イーサネットの端末はパソコン本体ではなく、パソコンに装着されたNICだったということを思い出してください。無線LANの場合も、パソコン本体ではなく、パソコンの本体に装着された無線LANのインターフェース(無線LANチップを搭載)です。このインターフェースは購入時にパソコンのマザーボードに取り付けられている場合もありますが(最近は殆ど購入時についています)、後から取り付ける場合もあります。ディスクトップの場合はマザーボードに装着することが多いのですが、ノート型パソコンの場合は、USBタイプや、PCカードタイプの外付けのものもあります。

 イーサネットの場合はLANケーブルをつなぐだけですぐに通信ができますが、無線LANの場合にはそうはいきません。無線の場合は混信の可能性がありますので、何らかの識別子を付けてアクセスポイントと無線端末を他から識別できなくてはなりません。また、誰でも使えるのも困ります。有線の場合は、外部の人間が使うという可能性は低くなりますが、無線の電波はどこにでも飛んで行ってしまいますので、隣家の端末から入り込まれてしまう可能性もありますし、会社や大学等のLANに外の公道をから接続されてしまう可能性もあります。通常はこれを防ぎたいと思うはずです。

 無線端末とアクセスポイントとの間の通信を識別するための識別子がSSIDです。ESSIDなどの場合もあります。SSIDはアクセスポイントの識別子です。ESSIDはアクセスポイントの識別子であるSSIDを、複数のアクセスポイントを設置したネットワークでも使えるようにしたものです。企業や大学等では複数のAPを導入することが殆どなので、実際は、ESSIDが使われているのですが、言葉としてはこれをSSIDと言っている場合が少なくありません。Windowsの設定ではバージョンによっては、SSIDやESSIDの設定項目が「ネットワーク名」となっています。

 アクセスポイントには予めこのESSIDを設定します。そして、無線クライアントがアクセスポイントと接続するためには、このクライアントにもESSIDを設定する必要があります。無線LANではESSIDが同じもの同士が通信をすることができます。ESSIDが違うと、電波の届く範囲にいて、伝送規格や周波数が同じでも通信はできません。

 クライアント端末は手動で設定をすることができます。会社や大学では、アクセスポイントのESSIDを事前に何らかの方法(会社なら情報管理部門の、大学なら情報センターのホームページ等)で広告しますので、ユーザはこの情報を元にして、クライアントの設定を行います。また、アクセスポイントは自分で、ESSIDを広告している場合が殆どですので、クライアントがこれを自動で検知するという場合もあります。最近は自動検知する場合が多くなっています。クライアントはアクセスポイントの広告を自動検知し、電波の到達範囲内にいるアクセスポイントのESSIDの一覧を画面上に表示しますので、ユーザはこの中からつなぎたいアクセスポイントのESSIDを選択します。

 安全上の理由からこのESSIDを広告しないアクセスポイントもあります。また、逆に「ANY」という特殊なESSIDを使って、誰でもつなげるようにしているものもあります。

 誰でもつながってしまうという状態を避けるために、次に「認証(Authentication、オーセンティケーション)」と「暗号化のネゴシエーション」を行います。

 認証を行い正しいクライアントだと判断されると、クライアントからアクセスポイントに接続要求を行います。この要求をアソシエーションリクエスト(Association Request)と呼びます。この要求に対してアクセスポイントが許可応答(アソシエーション応答、Association Response)をすると、接続が完了し、通信を行える状態になります。

 接続が完了し、通信を行える状態になったら、無線LANのフレームを電波に載せて通信が始まります。

 無線LANのフレームを受け取ったアクセスポイントは、これを有線LANのフレームに変換して送り出します。通常の場合、アクセスポイントはイーサネットLANにつながっていますので、イーサネットのフレームに変換して、送り出すということになります。



1.2 無線電波の話から始めてみよう-高等学校の物理の復習

 有線のイーサネットと比較すると無線LANは格段にややこしいということは大体理解していただけたと思います。ここでは、もっと初歩に戻って、電磁波の話から始めようと思います。難しという人は高等学校の物理の教科書を引っ張り出してきてください。ちょっと戻りすぎと怒られるかもしれませんが(読みたくない人はスキップしてください)。

 電気が流れる(電子が動く)と電界(電場)が変化し、電界が変化すると、その影響で磁界(磁場)が変化します。更に、磁界が変化すると、その影響で電界が変化します。このプロセスが際限なく続いて、電界と磁界の変化が空気中を伝わっていきます。これが電磁波です。

 電磁波を発生させるとその電磁波は周波数を持っていると、思うかもしれませんが、残念ながらそうはいきません。電子の加速の具合によって、電磁波の強度が決まるだけで、周波数は決まりません。様々な周波数が混ざり合った電磁波が発生するだけです。これでは少なくとも無線伝送の役には立ちませんので、周波数を揃えたいと思います。それは、無線伝送では共振という原理を使って通信をするためです。

 共振というのは抵抗やコンデンサー、コイルなどを直列につないだ回路に、ある特定の周波数の交流電圧を加えると、大きな電流が流れるという現象です。テレビやラジオの受信回路はこの共振を起こす共振回路を使っています。受信アンテナで特定の周波数を受信すると、受信回路に大きな電流が流れます。

 無線LANを実現するには、アンテナを使って、特定の周波数だけを発信するようにし、受信側ではアンテナで集めた電波のうち、特定の周波数成分だけを取り出して増幅する仕組みが必要となります。ここで活躍するのが共振回路です。

 無線電波は正弦波(サインカーブ、sine curve)の形で遠くまで飛んでいきます。無線通信はこの正弦波にデータを載せて少し変形させた状態で送信します。これを変調といいます。変調は周波数や位相、振幅などを変更することで行います。データを載せる元の波はデータの運び屋の役割を果たしますので、搬送波と呼ばれます。つまり、キャリア(Carrier)です。
 
 今までの話を少し整理すると次のようになります。送信局では電子回路に合わせて適切な長さのアンテナを使って送信します。アンテナの長さで波長が決まります。電磁波の速度は予め決まっている(光の速さ。光も電磁波の一種)と考えれば、「速度=波長×周波数」の関係から、周波数が決まります。受信側は送信側の波長(ということは周波数)に合わせて、アンテナの長さを調節し、搬送波を受信して、更に共振回路を使って、特定の周波数の信号を取り出します。つまり、送信側と受信側で周波数が同じでないと通信が成り立たないということになります。搬送波にはデータが載っていますので、特定の回路を使って、データ部分だけ取り出します。

 ラジオやテレビの受信機は、送信機側の周波数に合わせて、受信機の周波数を変更し、いろいろの送信局からの電波を受信できるようになっています。



1.3 電磁波スペクトラム

 一口に電磁波といっても様々な周波数のものがあります。ガンマ線、X線、紫外線、可視光線などの周波数の高いものから、赤外線、マイクロ波、超短波、短波、中波、長波などの周波数の低いものまで様々です。

 波長が短い(周波数が高い)電磁波は直進性が強く、障害物に邪魔されます。X線撮影などはこの性質を利用しています。波長の長い(周波数が低い)電磁波は障害物を回り込むことができます。電磁波を通信に使うには、搬送波として優秀でなくてはなりません。データを載せるという作業、つまり変調が容易でなくてはなりません。Ⅹ線や、ガンマ線、紫外線などの周波数の高い電磁波は建物などの障害物を通り抜けることができないという点と、変調が難しい点、更に人体に有害などの点で、伝送波としての適性に欠けています。

 無線電波としては周波数の低い電波が使われます。一般に利用されているのは、光の性質を持つ電磁波の中では最も周波数の低い赤外線よりも更に周波数が低い電磁波が無線電波として利用されています。

 無線電波として利用されている周波数帯の中では、一番周波数が高いマイクロ波(1GHz~100GHz、電波法の規定では3GHz以上)は、レーダ通信などに使われます。マイクロ波は周波数が高いので、光に似た性質が強く、電波は直進しますので、送信機と受信機の間に障害物があるとうまく通信ができません。雨粒なども影響します。また、直進性が強く回り込みができませんので、送信側と受信側のアンテナの向きが少しでも狂うとうまくいきません。しかし、極めて小さな電力で信号を送ることができるという利点があります。

 周波数が低くなればなるほど光の性質はなくなってきます。周波数が低くなると、建物などにも影響されずに回り込んだり、変調がし易くなったりします。電気通信に利用される電波は多くの場合、3GHz以下の周波数帯を使っています。



1.4 ISMバンド

 電波は限りある資源だといわれますが、通信の分野では言えば、周波数帯が限りある資源だということになります。従って、何KHzの電波は何に利用するかは、法律や規制でキチンと定められています。しかし、これでは少し柔軟性に欠けますので、自由に利用できる周波数帯が若干用意されています。この帯域はISMバンドと呼ばれます。ISMは「Industrial, Scientific, Medical(産業科学医療)のバンド(band、帯域)という意味です。

 国際電気通信連合(ITU)は免許不要のISMバンドを認めました。この帯域を利用する通信方式としては、Bluetooth、無線LAN、アマチュア無線、DSRC(自動車用のETC)、各種レーダ、コードレス電話などがあります。また、通信以外では電子レンジや医療機器などが利用しています。

 ISMバンドの位置は国によって多少異なりますが、日本におけるISMバンドは7つで、そのうちよく利用されるのが、2.4GHz帯(2.4GHz~2.5GHz)と5GHz帯です。

 2.4GHz帯(2.4GHz~2.5GHz)は、アマチュア無線(2.4GHz~2.45GHz)、移動体識別無線(2.4GHz~2.4835GHz)、Bluetooth(2.4GHz~2.4835GHz)、無線LAN(2.4GHz~2.4835GHz、2.47GHz~2.497GHz)が利用しています。

※無線LANの規格であるIEEE80.211bとIEEE802.11gがこの帯域を利用しています。通信しにくい、切れやすいなどは帯域が重なっていることが原因です。


 5GHz帯(5.725GHz~5.875GHz)はDSRC(5.77GHz~5.85GHz)や、アマチュア無線(5.65GHz~5.85GHz)、各種レーダ(5.35GHz~5.85GHz)などが利用しています。無線LANが利用しているのは5.15GHz~5.35GHzと5.47GHz~5.725GHzです。こちらはISM帯にはかかっていませんが、アマチュア無線や各種レーダの帯域と重なっています。




1.5 周波数帯とチャネル

 無線LANを使った通信には様々なものがあります。それぞれどの帯域を使うかは基本的には法律あるいは規制で予め定められています。しかし、今までの話で、アクセスポイントと無線クライアントとの通信時には1つの周波数の電波しか使わないということは分かっていただけたと思います。すると、特定の周波数以外は使われないままになってしまいます。これではもったいない話です。
 そこで、帯域をいくつかに細分し、無線LANで通信するもの同士はそのうちのどれかを使います。細分化した帯域をチャネルといいます。

 帯域を細分化しても、チャンネルが近い場合は周波数が近いので互いに干渉を起こす可能性があります。下のネットワーク図は3つのアクセスポイントの電波の到達範囲が一部重なっていますが、3つのチャンネルはそれぞれ異なっています。しかし、10chと11chは周波数が近いので干渉を起こし易いといえます。
 

 チャネルに余裕がある場合は、次のようにすると干渉を起こしにくくなります。




1.6 隠れ局問題と露出局問題

 アクセスポイントは通信時には1種類の周波数しか使いません。これがチャネルです。このチャネルを使ってクライアント端末がアクセスポイントに接続します。ということは、複数のクライアント端末が同時に1つのアクセスポイントに接続しようとすると混信が発生するということになります。これはイーサネットなどと同じ回線(チャネル)共有の話になります。

 イーサネットでは複数の端末がチャネルを取り合う(競合する)場合に発生する衝突を回避するためにCSMA/CDというプロトコルを採用していました。

 無線LANも複数の端末がチャネルを共有する通信形態ですので、CSMA/CDを使いたいところですが、無線LANの場合には、これがうまくいきません。

 電波を使ってLANを実現しようとすると、隠れ局問題と露出局問題にぶち当たります。これはどういう問題でしょうか。
 
 イーサネットLANのCSMA/CDでは、LANの大きさが予め決まっていますので、回線(チャネル)が空いているかどうかは回線を受信すれば(CA)分かります。それから衝突については、信号発信後一定時間(「ラウンドトリップ時間」+「衝突を検知したノードが発信したジャム信号が到達するまでの時間」)、混信がなければ衝突がなかったとみなすことができます。ところが無線LANではこんなにうまい具合にはいきません。

※ジャム信号は衝突を検知した局が、回線を共有する他の局に衝突の発生を知らせる信号です。



 

1.6.1 隠れ局問題

 隠れ局とはチャネルを受信しても検知できない局という意味です。無線LANでは電波の届かない範囲にいる局には、電波の送信局の存在が分かりません。

 下の図の例で説明します。今、B局とC局が通信をしています。B局の電波の到達範囲を青の実線で表し、C局の電波の到達範囲は赤の破線で表しています。このときA局がB局と通信をしようとします。C局の電波の到達範囲は赤の破線ですので、A局にはC局が発した電波が届きません。つまり、C局はA局からは隠れているということになります。A局がチャネルが空いていると勘違いしてB局に信号を送ってしまった時に、たまたまC局からB局への信号が発信されると、混信が発生してしまいます。これを隠れ局問題(hidden station problem)といいます。

 以上の説明は電波が届かない距離にある局を認識できないという問題でしたが、同じような問題は途中に電波を通さない遮蔽物(大きなビルなど)があって、ある局の電波が届きにくいなどという場合にも起こり得ます。



1.6.2 露出局問題

 露出局問題はチャネルが塞がっていないのに、塞がっているように見えてしまうという問題です。下の図で説明します。今、C局とD局の間で通信をしています。C局からD局に送信した信号はB局にまで届き、Bはチャネルが塞がっていると勘違いして、A局への信号送信を躊躇してしまいます。しかし、実際はC局からD局への信号電波はA局にまでは到達しないので、A局では衝突が発生しません。これを露出局問題(Exposed station Problem)といいます。


 前置きが長くなりましたが、これでようやく無線LANの話を進める準備が整いました。



2 IEEE802.11標準について

 無線LANの規格としては様々なものがありますが、現在はIEEE(通称は「アイ・トリプル・イー」、The Institute of Electrical and Electronics, Inc;アメリカ合衆国に本部を置く電気工学・電子工学技術の学会)によって策定されたIEEE802.11が広く普及しています。

 IEEE802.11は物理層(第一層)とデータリンク層(第二層)のMAC副層について標準化しています。

※IEEE802はローカルエリアネットワークの規格を定めたものです。IEEE802ではデータリンク層を下位のMAC(Media Access Control)層と上位のLLC(Logical Link Control)層の2つの副層に分けています。IEEE802ファミリのプロトコルとして、イーサネット(IEEE802.3)やトークンリング(IEEE802.5)、無線LAN(IEEE802.11)などがありますが、これらは物理層とデータリンクのうちの下位副層であるMACについて規定しています。
 LLC層は第三層以上のプロトコル(例えばTCP/IPのネットワーク層)と、下位のローカルエリアネットワーク(イーサネット、トークンリング、無線LANなど)とのインターフェースとして機能しています。従って、LLCはIEEE802の各プロトコルに共通の規格であり、各プロトコルでは規定されていません。

レイア レイア名 サブレイア 意味
2 データリンクレイア LLCレイア Logical Link Control
MACレイア Media Access Control
1 物理レイア PLCPレイア Physical Layer Convergence Protocol
PMDレイア Physical Media dDependent


 IEEEの無線LAN規格では最初(1997年6月)にIEEE802.11(英語の発音は、I triple E eight O two dot eleven、日本語の発音は「アイトリプルイー はちまるにいてん いちいち」)が策定され、その後次々と様々な規格が策定されています。

 最初のIEEE802.11はデータリンク層のMACと物理層について規定しています。しかし、その後、策定されたIEEE802.11b、IEEE802.11a、IEEE802.11g、IEEE802.11n、IEEE802.11acなどは全部物理層に関する規格です。それ以外にはセキュリティ関連の規格としてIEEE802.11i、QoS(Quality of Service)関連の規定としてIEEE802.11eがあります。

■ Wi-Fi認証
 ノート型のパソコンが発明されると、直ぐにオフィスとノートブックパソコンの両方に短距離無線送受信機を備えて通信ができるようになりました。1990年代の前半にはいくつもの無線LAN機器が市場の投入されましたが、異なるメーカの機器同士では接続できない場合がありました。そこでWi-Fi (ワイファイと読む)Allianceという団体が作られ、無線LANの標準規格である[IEEE802.11シリーズ」に接続できるかどうかテストし、接続できるという製品には「Wi-Fi」というブランド名をつけて売り出してよいということにしました。これがWi-Fi認証です。




3 IEEE802.11 MACプロトコル

 MACについては最初のIEEE802.11の規格がそのまま生きていますので、まず初めにMACのプロトコルについて説明したいと思います。



3.1 IEEE802.11 アクセスモード

 IEEE802.11は同じチャネルを複数のクライアント端末、APで共有する通信形態ですので、自由にこれを使わせると混信が発生してしまう可能性があります。IEEE802.11では共有チャネルを取り合う方式として、端末にある程度の自由を認める通信方式と、きっちりと管理をして混信を避けようとする方式があります。

 自由を認める方式がDCF(Distributed Coordination Function、自動分散制御)です。DCFでは各局がチャネルの使用状況を検査して送信タイミングを決定します。この際に大いに力を発揮するのがCSMA/CACSMA/CA with RTS/CTSです。IEEE802.11ではこのDCFを基本的なアクセスモードと定義しています。

 IEEE802.11はもう一つアクセスモードを定めています。これがPCF(Point Coordination Function、集中制御)です。

 PCFは中央の局(通常はAP)がコーディネータとなり、全てを管理する手法です。これは全ての局に対して、「○○局さん送信してください。終わりましたか?それでは次は△△さん送信してください。」という感じで順に送信権を与える方式です。これはAPが各端末に順番に信号を送信し、受け取った端末のみが送信権を得るという形で実現されています。この制御方式をポーリングといいます。

 PCFは実装の手間が増える上に、かけた手間ほどの効果は表れにくいという面があります。台数が少ない場合はどうでしょうか。この場合は衝突(混信)も少ないはずので、PCFモードにしてもそれほど効果は上がらずに、手間だけがかかるということになります。台数が増えるとどうでしょうか。PCFを採用すると、衝突の確率を抑えることができるので、手間をかけただけの効果が出るといっていいかもしれません。

 ただし、PCFはオプションのモードです。APに実装されていない場合は利用できません(高価な業務用のAP以外には実装されていないようです)。APに実装されている場合でも、PCやタブレット端末、スマートフォンなどが仕様通りに動作するかはまた別問題です。

 PCFの機能の一部は、QoS(Quality of Service)メカニズムとして、IEEE802.11e/WMM(WiFi Multi Media)仕様に組み込まれており、WiFiで帯域を確保したいときはPCFではなくWMMを使うのが現在では一般的なようです。



3.2 CSMA/CA

 イーサネットでは複数端末が1つの回線を取り合う場合の調整方法としてCSMA/CDという方法を使いますが、無線LANでは衝突を検出する方法がないので、CSMA/CAという方法がとられます。CSMA/CA(Carrier Sense Multiple Access with Collision Avoidance)のうち、CSMAはイーサネットのCSMAと同じです。現在チャネルを使っている端末がないかどうかを確認して(CS)、チャネルを使っていないことが分かれば、どの端末での通信を開始していいということです。

 CSMA/CDは誰も使っていなければ、即座に通信を開始することができます。これでは衝突の可能性があります。なぜなら、同時に複数の端末がCSをし、その複数の端末が即座に通信を開始すると衝突が発生してしまうからです。しかし、イーサネットは有線LANですので、衝突が発生すれば、そのことが分かり、その場合はやり直しをすれば済みます。

 無線LANの場合はそうはいきません。衝突が発生したかどうか分からないからです。そこで、できるだけ衝突が発生しないようにして通信をしようということになります。これが、CSMA/CAです。

 CSMA/CAでは衝突を回避するために、CSの後、ランダム時間待って、通信を開始します。上の図で説明します。クライアント端末A、Bがアクセスポイントと通信をしようとして、CSを実行します。誰もチャネルを使っていない場合、A、Bが即座に通信を開始すると衝突が発生します。一定時間待ってから通信を開始する場合も同じです。良い方法は、AとBの開始時間をずらすことです。しかし、どちらかを優先するわけにはいきません。平等にチャネルを使わせるためには、ランダム時間待たせて、先にランダム時間が過ぎた方が通信を開始するというのがCSMA/CAの採用した方法です。


 IEEE802.11では端末間の公平を期すためにフレーム間の時間間隔を厳密に定義しています。フレーム間の時間間隔(IFS、Interframe Spacing)はフレームが送信された後、全ての局がフレームを送信できるようになるまでの時間間隔で、SIFS(Short IFS)、PIFS(PCF IFS)、DIFS(DCF IFS)、EIFS(Extended IFS)の4つが定義されています。


 PIFSとDIFSはIEEE802.11が認めているモードに関係しています。DCFは基本的なモードでイーサネットのように早い者勝ちでチャネルを奪い合うモードです。その際に混信をできるだけ防ぐための方法がCSMA/CAです。PCFはオプションのモードで、中心にあるアクセスポイント(Access Point、AP)が制御権をもってクライアント端末に順番に通信権を与える方法です。

 DIFS時間は、DCFモードで稼働している場合に適用されます。クライント端末やAPが何も送信しないで、DIFS時間が経過すると、各局毎に任意のバックオフ時間(ランダム時間)だけ待ちます。バックオフ時間はそれぞれの局で異なっています。最も早くバックオフ時間を抜けた局が送信権を獲得し、データを送信します。

 その後、SIFS時間待ちます。いま通信権を持っているのはAですので、SIFS時間の後にはAとの間で通信をしているAPが送信権を持ち、Ackを返信します。もし、これで通信が終了すれば、全ての局がDIFS時間の後に通信権を争うことになります。今度の場合も、バックオフ時間が最初にあける局が通信権を獲得します。





3.3 CSMA/CA with RTS/CTS

 CSMA/CAだけでは隠れ局問題には対応できません。IEEE802.11では隠れ局問題を解決するためにRTS/CTSを使っています。

CSMA/CA with RTS/CTSの手順

  • 送信者はデータを送信する前に送信許可要求(RTS、Request To Send)を送る
  • 受信者は送信許可(CTS、Clear To Send)を与える
  • 送信者はCTSを受け取ったら、データを送る
  • 受信者はデータを受け取ったらACKを送る

この際、送信者以外は、RTS(送信許可要求)やCTS(送信許可)を受信したら、チャネルを使用するのを止め、データの送信が終了またはACKを受信したらチャネルを再開します。

 上のネットワーク図でB局C局間での通信している場合について考えます。

 送信者Bは送信許可要求(RTS)を送信します。これはCだけでなくAにも届きます。RTSには通信の持続時間(Duration)が入っています。AはBC間通信の部外者ですので、ここで、通信禁止期間に入り、待機します(持続時間待機)。CはRTSに対する返事としてCTSを返します。CTSにも持続時間が入っています。これはBだけでなく、Dにも届きますので、ここでDも通信禁止期間に入り、待機状態になります(持続時間待機)。BはCTSを受けてデータの送信を始めます。このデータはAにも届きますので、BC間の通信が持続していることを確認できます。データの送信が終わったら、CがACKを返します。ACKにも持続時間が入っています。このACKはDに到達しますので、持続時間経過後にDの通信禁止期間は解除されます。Aの通信禁止期間も持続時間経過後に解除されます。

 以上の通信をA局の立場で見てみましょう。AはBが発信したRTSを受信することができます。ここでAはBが通信をしようとしているのが分かりますので、通信が完了するまでデータの発信を中止し、送信待機となります。Bが発信したRTSにはデータの送受信がどれ位続くか予定時間(Duration /ID)が書いてあります。この時間は通信を行えないので、Aはこれをメモリに保存し、待機状態になります。この時間はNAV(Network Allocation Vector)時間(通信禁止期間)といいます。Aは、Bの送信データを受信できますが、Bが送信するデータフレームにヘッダにも持続時間フィールドがありますので、持続時間はその都度更新されていくことになります。

 今度はDに立場で考えてみましょう。DにはBが発信したRTSは届きませんが、Cが発信したCTSは届きます。このCTSにも持続時間が書かれています。これはNAVとしてメモリに保存され、Dはこの間はデータの発信を行えません。また、DはCの発信したACKを受信できます。ACKにも持続時間が書かれていますので、この持続時間が経過すれば、通信禁止期間は終了します。



3.4 DCFとPCFの共存

 集中制御方式のPCFと分散管理方式のDCFは併用は困難なようにも思えますが、IEEE802.11はDCFとPCFが共存できる方法を提案しています。それは、ACKをトリガーとして、プロトコルを時分割で使用する方法です。

 IEEE802.11ではフレーム間の時間間隔(IFS=InterFrame Spacing)を注意深く定義しています。IFSはフレームが送信された後、全ての局がフレームを送信できるようになるまでに、待たなくてはならない時間です。IEEE802.11では、SIFS(Short IFS)、PIFS(PCF IFS)、DIFS(DCF IFS)、EIFS(Extended IFS)の4つを定義しています。

 4つの時間は SIFS < PIFS < DIFS < EIFS と定義されています。時間が短いものほど優先されます。

● SIFS
 SIFSが経過すると、対話を行っている集団に送信権を与えます。SIFSが使われるのは、受信側がRTSに対する応答を行うためCTSを送信する場合、フラグメントやデータフレームに対するACKを返す場合、フラグメントバーストの送信者がRTSを送信することなく、次のフラグメントを送信する場合などに適用されます。SIFSが適用されるのは、まだ一連の通信が終わっていないのだから、終わるまではその通信のフレームを優先させましょうという趣旨です。

● PIFS
 SIFSの利用がなく、PIFS時間が経過すると、PCFによる制御を行っているAPは、ビーコンフレームやポーリングのためのフレームを送信することができます。PIFS < DIFSですから、データフレームやフラグメントフレームを送信している局が、フレームの送信を終了した際に、PCFの制御局は他の誰にも邪魔されずにチャネルを獲得することができます。

● DIFS
 PCFの制御をしているAPが何も送信せずに、DIFSが経過すると、全ての局が新しいフレームを送信するためにチャネルを獲得することができます。通常の接続ルールが適用され、もし混信が発生すれば、べき乗バックオフアルゴリズムが適用されます。

● EIFS
 EIFSは最後の時間間隔です。EIFSは間違ったあるいは未知のフレームを受信した局が間違ってフレームを受信したことを報告するためにのみ使われます。

 Ackの送信をトリガーとして、SIFS、PIFS、DIFS、EIFSがスタートします。まだ、通信を行っている途中の集団があれば、その集団に「SIFS+バックオフ」時間経過後に送信権が渡されます。それがなければ、PCFモードで動作している端末に「PIFS+バックオフ」時間経過後に送信権が渡されます。それがなければ(そのような端末がない、あるいは送信するデータがない)、「DIFS+バックオフ」時間経過後に、DCFモードで動作している端末に送信権が渡されます。それがなければ、「EIFS+バックオフ」時間後に、間違ったフレームまたは未知のフレームを受信した局がそれを報告するために、送信権を使います。



3.5 無線LANネットワークの形態

 IEEE802.11では通信の方式として、インフラストラクチャモードと、アドホックモードという2つの方式を認めています。この2つはどのようにネットワークを構築するかの違いです。

 インフラストラクチャモードは、普段インターネットをするときに使っているモードで、「通信をする際には、アクセスポイントを介して行う」というモードです。これに対してアドホックモードは「アクセスポイントを介さないで通信を行う」モードです。

 インフラストラクチャモード(Infrastracture mode)は、ネットワークの中心にアクセスポイントを置いて、アクセスポイントが有線ネットワークとの橋渡しをするというような形態で使用されます。このモードではCSMA/CAの他に、PCFを使うこともできます。

 アドホックモード(ad hoc mode)はアクセスポイントを介さないで無線機器同士が直接通信を行います。従って、ピアツーピアネットワークなどと呼ばれることもあります。このモードではアクセスポイントを使いませんので、衝突(混信)は個々の無線端末同士が調整するしかありません。従って、PCFは使えず、通常はCSMA/CAで制御します。使用例としては、パソコンとプリンタを1対1で無線LANでつなぐような場合があります。
 アドホックモードでの通信をバケツリレーでつないでいくと、複数の端末を介して、無線の到達範囲を超えた通信ができます(マルチホップ通信)。

■ WDSモード
 WDS(Wireless Distribution System)は、AP同士で、有線LANを無線接続する方式です。有線の敷設が困難な隣接ビル間の接続や金属などの電波を通さない遮蔽物を迂回して通信する場合に利用されます。


※WDSモードは標準化されておらず、メーカ各社では各機種に独自の中継方法を実装しています。異機種間ではWDS接続できない場合が多いので購入時には注意してください。



3.6 無線LANネットワークの識別子、アクセスポイントの識別子

 無線LANで1つのAPとそのAPの無線到達範囲内(通常[セル」といいます)にいる配下のクライアント端末で構成されるネットワークをBSS(Basic Service Set)といいます。そして、複数のBSSで構成される無線LANのネットワークはESS(Extended Service Set)といいます。
 
 BSSの識別子としてはBSSIDとSSIDが使われます。何れもBSSのAPの識別子です。BSSIDはAPのMACアドレス(48ビット)がそのまま使われます。しかし、これでは少し使いにくいので、SSIDが使われることが多いようです。SSIDは、最大32文字までの英数字を任意に設定することができます。ESSIDはESSの識別子で、最大32文字までの英数字を任意に設定することができます。企業や大学などでは、複数のアクセスポイントを設置するのが一般的でESSが使われているのですが、ESSIDの意味で、SSIDという用語が使われていることがあります。

 無線LANではESSIDが同じもの同士が通信できます。ESSIDが違うとたとえ無線電波の到達範囲内にいても(たとえ、伝送規格が同じでも、周波数が同じでも)通信ができません。ESSIDによる識別によって意図した無線LANとだけ通信できるということになります(混信の防止)。ESSIDにはどのAPにも接続できる「ANY」という特殊なESSIDがありますが、AP側では通常この機能を無効化しています。



 

3.7 基地局の引き継ぎ

 クライアントの無線LAN端末が使用中のAPを離れて別のAPのセル(cell)に移動する場合、何らかの引き継ぎ方法が必要となります。これを無線LANローミングといいます。

 ローミングを行うためにはESSIDが同じでなくてはなりません。暗号化機能を使っている場合は、同じ暗号化方式を使っている必要があります。

 この場合は個々のAPのセルは一部分重なり合わなくてはなりませんので、同じチャネルを使っていると干渉(混信)が発生する可能性があります。混信が発生する可能性がある場合は5チャネル程度離すのが一般的です。

 APはブリッジモードと、ルータモードで使えますが、APがルータモードの場合には、AP毎にサブネットワークが異なります。ルータモードの場合には、違うAPの配下に移動すると、IPアドレスが切り替わってしまいますので、それまでのアプリケーションのセッションは全て切断されることになります。従って、基本的にはブリッジモードで使う必要があります。ルータモードで利用する場合は、Mobile IPの章を参考にしてください。



3.8 無線LANの接続手続き

 無線LANの接続手続きについては冒頭で簡単な説明をしましたが、ここではもう少し詳しく説明します。

<ステップ1>
 無線LANクライアントは自分が利用できる周波数帯域を自動でスキャンします。無線LANのAPは定期的にビーコン(Beacon)フレーム(管理フレームの一種)を発信しています。ビーコンには利用できるビーコン送信間隔、チャネル、ESSID、サポートする転送速度、セキュリティ情報などが記述されていますので、クライアントは自分で接続できるAPを見つけます。ただし、一定期間ビーコンが得られない場合は、プローブ要求とプローブ応答で上記の情報を得ます。

※複数の接続可能なAPが存在する場合、無線LAN端末は最も信号の強いAPとの接続を試みます。

<ステップ2>
無線端末→AP (Authentication)
AP→無線端末(Authentication)

 APとクライアントはお互いに認証パケットを交換し、認証を行います(AuthenticationパケットとAckパケットの交換を相互に行う)。

<ステップ3>
無線端末→AP(Association Request)
AP→無線端末(Association Response)

 アソシエーション要求とアソシエーション応答を交互に行います。アソシエーションはAPと無線クライアント端末を接続するステップです。APのセルに入ると、無線端末は自分のIDと性能(データレート、PCFサービスの必要性の有無、電源管理要求)などをAPに知らせ、APはこれに基づいて受理や拒否を行います。

<ステップ4>
 暗号化を行います。

 ステップ1~4は管理フレームを使って行われ、これ以降はデータフレームを使って、データの交換が行われます。

■ WPA以降
 IEEE802.11ではWEPの利用が想定されていましたので、以上のステップを踏む必要あります。しかし、WEPにはセキュリティに問題があるということで、WPA、WPA2などが開発されています。WPAはIEEE802.11のドラフトを元にした仕様でIEEE802.11を満たしていませんが、WPA2はIEEE802.11に準拠しています。

 上記のステップ2のAuthenticationはWEP時代の、共通鍵認証でパスワード確認を行うためのステップです。WPA以降の拡張された認証方式(WPA-PSK、WPA-EAP)はAuthenticationの枠組みを使っていません。 WPAセキュリィティを使う場合は、ステップ3のAssociationの後に認証手続きを入れています。WPA-PSKの場合は、AP側から4-way handshakeと呼ばれる手続きが始まります。

AP→無線端末(Key Message 1/4)
無線端末→AP(Key Message 2/4)
AP→無線端末(Key Message 3/4)
無線端末→AP(Key Message 4/4)




3.9 IEEE802.11フレームフォーマット

 IEEE802.11のフレームフォーマットは次の通りです。

PLCPプリアンブル PCLPヘッダ IEEE802.11ヘッダ DATA FCS


IEEE802.11フレームの3つの構成要素
PLCPプリアンブル IEEE802.11フレームの先頭に付加される同期信号のビット列(物理層で追加)
PLCPヘッダ 変調方式(伝送速度)、データ長などの情報を格納したヘッダ(物理層で付加)
PSDU IEEE802.11ヘッダと、実際のデータ(とFCS)から構成される情報(データリンク層で追加)




3.9.1 データフレームヘッダ

 MAC層で重要な役割を果たすのはIEEE802.11ヘッダ部分ですので、この部分について説明します。ただし、フレームには管理フレーム、制御フレーム、データフレームがあり、それぞれ少し違っていますので、ここではデータフレームについて説明することにします。

 IEEE802.11ヘッダ

IEEE802.11ヘッダのフレーム制御フィールドは次のようになっています。

 フレーム制御フィールド

IEEE802.11ヘッダのフレーム制御フィールド  
サブフィールド名 ビット 意味
プロトコルバージョン 2 通常0が設定される 
タイプ 2 管理フレーム:00、制御フレーム:01、データフレーム:10 
サブタイプ 4 たくさんあるIEEE802.11MACフレームの中のどれかを示している。タイプによって示されたそれぞれのフレームの中で、更に細かくフレームの種類が分けられている。 
To Ds 1 宛先が無線LAN内のノードなら0、有線LANなら1をセット 
From DS 1 送信元が無線LAN内のノードなら0、有線LANなら1
More Fragment 1 大きなフレームをフラグメント(断片)化して送っている場合は1をセット(※制御フレームの中にはフレーム長の長いものがある) 
Retry 1 再送するフレームは1をセット 
パワー管理 1 ノートPCやポケットPCのようなモバイル端末が省電力モードになっている場合は、このビットに1をセットする
More Data 1 省電力モードのノードが宛先になっているフレームがある場合は、アクセスポイントで1をセット 
保護フレーム 1 WEPを使用しているかどうか。使用している場合は、1をセット 
Order 1  フレームを強制的に順序付けて送信したい場合に、1をセット


IEEE802.11はチャネル上で送信されるフレームのクラスを3つ定義しています。タイプ「00」が管理フレーム、「01」が制御フレーム、「10」がデータフレームです。

 データフレームは無線LANを利用して送受信したいデータを入れるためのフレームです。データフレームにもいくつかの種類があります。インフラストラクチャモードで、クライアントの無線端末からAPにデータを送信する場合に利用されるフレーム、APからクライアントの無線端末にデータを送るときに利用するフレーム、無線ディストリビューションシステムで利用されるフレーム、アドホックモードの無線LANで利用されるフレームなどです。これ以外にも、暗号化された場合のフォーマットなどがあります。

IEEE802.11ヘッダの各フィールドの意味は次の通りです。

IEEE802.11ヘッダ
フィールド名 バイト 意味
フレーム制御 2 フレームの種類(管理フレーム、制御フレーム、データフレーム)、フレームの宛先、送信先が無線か有線か、フラグメント情報、電力管理、WEPの使用の有無などの情報を含む。
持続時間 2 RTS、CTSで使用するフィールド。電波を使用する予定時間(フレーム送信に必要な時間)の情報
アドレス1 6 宛先のMACアドレス、無線ディストリビューションの場合は受信側APのMACアドレス、あるいは無線LANのBSSIDなど
アドレス2 6 送信元のMACアドレス、あるいは無線LANのBSSID、無線ディストリビューションの場合は、送信側APのMACアドレス
アドレス3 6 BSSID、あるいは送信元MACアドレス、宛先MACアドレス
シーケンス制御 2 送信するデータのシーケンス番号(12ビット)、またはフラグメント化した場合のフラグメント番号(4ビット)などの情報
アドレス4 6 MACアドレス。無線ネットワークの形態が、無線ディストリビューションシステムの場合に使用。この場合は、1~4の全てのアドレスが使われ、アドレス4は送信元アドレスとなる。


※無線ディストリビューション(Wireless Distribution System、WDS)は無線LANのアクセスポイント同士を相互接続する技術。

 各アドレスフィールドには、宛先や送信元のMACアドレスやアクセスポイントのMACアドレスが設定されます。どこからどこへ送信するかによって、MACアドレスの組み合わせが異なってきます。

 同じAPの無線到達内のクライアント端末同士が通信をする場合は、アドレス1は宛先端末のMACアドレス、アドレス2は送信元のMACアドレス、アドレス3はAPのBSSIDとなります。

 送信元が有線LANにつながる機器で、宛先が無線LAN端末である場合は、送信元の機器はイーサネットのフレームを送ってきます。イーサネットのフレームには宛先のMACアドレスと送信元のMACアドレスしか指定されていませんので、中継機器であるAPがヘッダを書き換え、アドレス1/2/3の情報に変更します。この場合は、アドレス1が宛先のMACアドレス、アドレス2が無線LANのBSSID、アドレス3が有線LANにつながる機器のMACアドレスになります。

 送信元が無線LAN端末で、宛先が有線LANにつながる機器である場合は、送信元はIEEE802.11フレームを送信します。この場合、アドレス1は無線LANのBSSID、アドレス2は送信元のMACアドレス、アドレス3は宛先機器のMACアドレスとなります。APはこれを、宛先と送信元MACだけのイーサネットフレームのフォーマットに変更して、有線LANの宛先に送信します。


 送信元の機器が接続した有線LANと宛先機器が接続した有線LANを無線LANディストリビューションで接続した場合は、送信元はイーサネットフレームを作成して送信側のAPでIEEE802.11フレームに書き換えます。この場合は、4つのアドレス全てを使います。アドレス1が宛先側のAPのMACアドレス、アドレス2が送信側のAPのMACアドレス、アドレス3は宛先機器のMACアドレス、アドレス4は送信元機器のMACアドレスとなります。これを受け取った、受信側のAPはこのフレームから、イーサネットのフレームを作成して、宛先機器まで送ります。



3.9.2 制御フレーム

 制御フレームはRTS、CTS、ACK、PS-Pollです。PS-POLLはスリープ状態になっていた無線端末がアクティブ状態に戻ったときに、APに送信するフレームです。

■ RTS


■ CTS


■ Ack




3.9.3 管理フレーム

 管理フレームは、無線LANネットワークに対するブローブ、アソシエーションの確立と解除、認証およびその解除などを行う際に使われます。管理フレームには、ビーコン(Beacon)、プローブリクエスト(Probe Request)、プローブレスポンス(Probe Response)、アソシエーションリクエスト(Association Request)、アソシエーションレスポンス(Association Response)、アソシエーション解除(Disassociation)、認証(Authentication)、認証解除(Deauthentication)などがあります。

 フレーム本体は、ビーコンフレームの場合、タイムスタンプ、ビーコンインターバル、機能(capability)フィールド、SSIDフィールド、サポートレートフィールド、DS(Direct Sequence)パラメータセットフィールド、CF(Contention free)パラメータセットフィールドなどから構成されます。これらの中で重要なのがSSID、サポートレート、セキュリティ設定(Capability)です。

 ビーコンフレーム本体にはSSIDが記述されていますので、同じIDが設定されているクライアント機器だけがAPに接続することができます。

 APのサポートレートがサポートレートフィールドに記述されます。APのサポートレートには「BSS Basic Rate」と「Not BSS Basic Rate」の2種類があります。「BSS Basic Rate」は、このAPに接続するクライアントが必ずサポートしなくてはならない必須のデータレートです。これに対して、「Not BSS Basic Rate」はAPがサポートするデータレートで、クライアント側には必須ではありません。

次にビーコンフレーム本体の「Supported Rates」フィールドの例を示します。

このAPでは「24Mbps」がBSS Basic Rateとして設定されているので、802.11bのクライアントは接続できません(802.11b端末がサポートするデータレートは1/2/5.5/11Mbpsの4種類だけです)。

 「Capability Infoフィールド」にはAPで暗号化機能が有効化されているかが記述されています。このフィールドの中に暗号化に関するフラグ(Privacy Enabled(暗号化機能に関するフラグ))があり、これが「1」にセットされていると、暗号化機能が有効になっていることを示します。更に暗号化がWEPではなく、「WPA2/IEEE802.11i」の場合にはビーコンフレーム本体に「RSN Information」フィールドが追加され、その中に暗号化方式(例:AES-CCMP)、認証方式(例:PSK認証)に関する情報などが記載されます。



4 IEEE802.11の物理層

 IEEE802.11はデータリンク層の副層であるMACと、物理層について規定しています。このうちMAC副層については既に説明しました(暗号化技術については後で説明します)。

 無線LANの物理層については最初にIEEE802.11で、その後IEEE802.11b、IEEE802.11a、IEEE802.11g、IEEE802.11j、IEEE802.11n、IEEE802.11acで規定されています。ただし、IEEE802.11jはIEEE802.11aを日本の電波法規則に適合させるための追加規定です。

規格 伝送方式
(二次変調)
変調方式
(一次変調) 
周波数帯 チャネル幅 最大速度
IEEE802.11   DSSS DBPSK
DQPSK
2.4 - 2.5GHz  22MHz   1Mbps
2Mbps 
FHSS 2-GFSK
4-GFSK
IrDA 16PPM
4PPM
赤外線 4Mbps
IEEE802.11b DSSS DBPSK
DQPSK
CCK
2.4 - 2.5GHz 22MHz 11Mbps
IEEE802.11a OFDM BPSK 16QAM
QPSK 64QAM
5.15 - 5.35GHz
5.47 - 5.725GHz
20MHz 54Mbps
IEEE802.11g DSSS / OFDM BPSK 16QAM
QPSK 64QAM
2.4 - 2.5GHz 20MHz 54Mbps
IEEE802.11j OFDM BPSK 16QAM
QPSK 64QAM
4.9 - 5.0GHz
5.03 - 5.091GHz
20MHz 54Mbps
IEEE802.11n  OFDM / MIMO  BPSK 16QAM
QPSK 64QAM 
2.4 - 2.5GHz
5.15 - 5.35GHz
5.47 - 5.725GH 
20MHz
(必須)
65Mbps(MIMO不使用)
130Mbps(MIMO2×2)
195Mbps(MIMO3×3)
260Mbps(MIMO4×4)
40MHz
(オプション)
135Mbps(MIMO不使用)
270Mbps(MIMO2×2)
405Mbps(MIMO3×3)
540Mbps(MIMO4×4)
IEEE802.11ac  OFDM / MIMO 256QAM  5.15 - 5.35GHz
5.47 - 5.725GHz 
80MHz
(必須)
292.5Mbps(MIMO不使用)
585Mbps(MIMO2×2)
877.5Mbps(MIMO3×3)
1170Mbps(MIMO4×4)
2340Mbps(MIMO8×8)
160MHz
(オプション)
585Mbps(MIMO不使用)1170Mbps(MIMO2×2)
1755Mbps(MIMO3×3)
2340Mbps(MIMO4×4)4680Mbps(MIMO8×8)

※IEEE902.11gではIEEE802.11bとの互換性を持たせるためDSSSも実装しています。bと通信する場合は速度は11Mbps。




4.1 IEEE802.11a/b/g

■ IEEE802.11a
 IEEE802.11aは5GHz帯の電波を利用した仕様です。5GHz帯という高周波を利用することで、54Mbpsの高速通信を実現しています。IEEE802.11aの使っている5GHz帯はISMバンドと重なっていませんので、混信が起こりにくいというメリットもあります。また、多くのチャネルを確保しやすいというメリットもあります。高速ですのでストリーミングなどの大容量データのやり取りにも向いています。

 周波数が高いので壁などの障害物があると影響を受けやすいという面もあります。フロアを隔てた通信や、屋外の通信には向いていません。障害物の影響を受けやすいということは悪いことだけでなく、外から侵入してくる電波の影響を受けにくいという良い面もあります。IEEE802.11b/gなどの2.4GHz帯を使っている方式とは通信できません。
※電波法の規定により屋外での利用は不(ただし、2007年の改正で一部の帯域で許可)

■ IEEE802.11b
 IEEE802.11bは2.4GHz帯を使った仕様です。周波数が低いので障害物があるところでも、影響を受けにくいというメリットがあります。オフィスや壁面の多い家庭内の1階と2階の間の通信にも向いています。伝送距離が比較的長くて屋外でも利用できます。同じ2.4GHz帯を利用しているIEEE802.11gとも互換性があります。

 通信速度が遅いので大量のデータをダウンロードするような使い方には向いていません。また、IEEE802.11bが使っている2.4GHz帯はISMバンドと重なっています。このISMバンドでは、電子レンジやBluetoothなどでも使われていますので、注意が必要です。

■ IEEE802.11g
 IEEE802.11bと同じ2.4GHz帯の電波を利用していますので、IEEE802.11bと同じようなメリットとデメリットを持っています。しかし、変調方式はIEEE802.11aと同じOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiple)を使っていますので最大54Mbpsの送信速度が可能となっています。IEEE802.11bとの通信に互換性を持たせるために、DSSSも実装しています。



4.2 チャネル分割

■ IEEE802.11a/gのチャネル分割
 IEEE802.11bとIEEE802.11gは同じ2.4GHz帯を使っていますが、使うことのできるチャネルはIEEE802.11bが1ch~14chの14、IEEE802.11gが1ch~13chの13となります。

 同じ(あるいは近い)周波数を使うと干渉が発生しますので、IEEE802.11bの場合は、チャネルは5以上離す必要があります。例えば、近くで3つのチャネルを使う必要がある場合は、1ch/6ch/11ch、2ch/7ch/12ch、3ch/8ch/13chのように組み合わせます。14chは離れているので、最大4チャネルを使うことが可能です。
 

 IEEE802.11bのチャネル配置

 IEEE802.11gの場合はチャネル幅を20MHzと少し縮めています。各チャネルは4つ以上離す必要があります。ただし、実務上では、IEEE802.11gでも1つのチャネルを22MHz幅で設計することが推奨されており、1ch/6ch/11chなどのように3チャネルだけ使う方法が推奨されています。

 IEEE802.11gのチャネル配置


■ IEEE802.11aのチャネル分割

 IEEE802.11aは5GHzの周波数帯域を使用します。利用可能なチャネル数は現在19です。IEEE802.11aは下に示すように各チャネル間の重なりがないために、19チャネルを全て同時に使用することができます。IEEE802.11aでは省令改正によって、2005年5月、2007年1月に周波数帯が変更となっています。下に示すのは2007年1月の省令によって決まった周波数帯に基づきます。

 IEEE802.11aのチャネル配置(2007年1月以降)

 W53は2005年の省令改正で追加された帯域です。この帯域は気象レーダと重なっていますので、注意が必要です。気象レーダとの干渉を検出したら、動作を回避することを義務付けられています(動的電波周波数選択を行う)。

※W53部分に関してはDFS(Dynamic Frequency Selection:動的電波周波数選択)を行い、気象レーダとの干渉を避けることが義務付けられています。

 IEEE802.11aのチャネル配置(2007年1月以降)

W56は2007年の省令改正によって新たに認められるようになった帯域です。W56は免許がなくても屋外で利用できます。この帯域も気象レーダと重なっていますので、W53と同様に制約があります。

IEEE802.11aのチャネル配置(2007年1月以降)




4.3 IEEE802.11n

 IEEE802.11nは100Mbps以上の高速化を目指した規格です。2009年9月に規格化され、現在は標準的な技術として多くの対応製品が発売されています。IEEE802.11nは2.4/5GHzの2つの周波数を使用できますので、IEEE802.11a/b/gの何れとも互換性があります。

 最大600Mbpsの伝送速度を実現していますが、IEEE802.11nはこの高速化を実現するためにいくつかの最新技術を採用しています。

 IEEE802.11nが採用している技術は、MIMO(Multiple Input Multiple Output、マイモ)、チャネルボンディング、フレームアグリゲーションです。また、オプションの機能としてガードインターバル長の短縮という技術も使うことができます。

■ MIMO
 複数のアンテナを同時に使用して1つのデータストリームを分割して、多重化して同時に送受信をおこなうことで単位時間当たりのデータ送信量を増加させる技術です。双方向で2つのアンテナを使う場合は、2×2、4つずつ使う場合は4×4などと表現しています。

■ チャネルボンディング
 従来、日本国内では電波法の制限により20MHzの周波数幅(バンド幅)(1つのチャネル)しか利用できませんでしたが、2007年6月の電波法の一部改正により、同時に使用できるバンド幅が20MHzから40MHzに引き上げられました。これによって、隣接する2つの20MHzのチャネルを同時に利用してデータを流すという方法が可能となりました。この方法をチャンネルボンディングといいます(デュアルチャネルとか、ワイドチャネルなどと表記されることもある)。

■ ガードインターバル長の短縮
 無線電波は固い物体で反射します。電波がいろいろの物体(山や建物、あるいは電離層、大気中の埃)で反射すると、直線的に進む信号と比較してアンテナに若干遅れて到達します。これをマルチパス(multipath)といいます。様々な経路でアンテナまで届いた信号は少しずつ到達時間がずれ、その結果、遅れて届いた信号は先に届いた信号と重なり合うことによって符号間干渉という現象が生じます。符号間干渉の結果、復調器で正確な復調ができなくなりますが、これをマルチパスフェーディング(Multipath Fading)といいます。IEEE802.11では、有意情報(シンボル)の前後に空き時間を配置し、マルチパスでずれた信号が次のシンボルと重ならないようにガード・インターバル(Guard Interval)という時間を入れています。ガードインターバル時間が長くなればなるほど、より遠くの反射に対応できるのですが、伝送効率は下がります。

 屋内での利用では、遅延時間が少ないので、IEEE802.11nではガードインターバルを信号遅延の影響を受けない程度に短縮しようということになりました。IEEE802.11a/b/gでは0.8μ秒でしたが、IEEE802.11nではこれを0.4μ秒とすることができます(オプション)。これは「Short GI」と略されることが多いようです。

■ フレームアグリゲーション
 1回のアクセス制御で複数のデータを送り、オーバヘッドの削減を行うという手法です。ACKは複数のデータに対する応答を1つのフレームでまとめて行うブロックACKを規定しています。

 フレームアグリゲーションの手法としては、A-MSDU(Aggregation MAC Service Data Unit)とA-MPDU(Aggregation MAC Protocol Data Unit)があります。

 A-MSDUでは、1つのMACフレームに複数のパケットを格納する手法です。複数のパケットを連結して、先頭にフレームヘッダを付加します。パケットを最大8Kバイトつなげることができます。誤り検出のためのFCSが1つしかないため、エラーが生じるとA-MSDU全体を再送しなくてはなりません。


 A-MPDUは、複数のMACフレームを連結して、それにPCLPヘッダを付加して、多重化する方法です。MACフレームを最大64Kバイトつなげることができます。個々のMACフレーム毎にFCSがついているので、エラー発生時は、エラーになった部分だけ再送します。




4.4 IEEE802.11ac

 IEEE802.11acは5GHz帯を使う通信規格で、約300Mbps~7Gbpsの高速データ通信を行う規格です。
 変調方式は、64QAMから256QAMに拡大されたため、より多くの情報量を一度に送信できます。また、MIMOに関してもIEEE802.11nでは4×4アンテナ通信対応までしか規定されていませんでしたが、IEEE802.11acでは8×8まで利用可能となっています。また、IEEE802.11nではチャネルボンディングに関しても、2チャネル(20MHz×2)までしか規定していませんが、IEEE802.11acでは8チャネル(20MH×8=160MHz)まで規定しています。これにより最大で7GHzという通信速度が可能となりました。







5 無線LANのセキュリティ

 スマートフォンやダブレットといったスマートデバイスは個人利用が先行していましたが、現在は企業などでも急速に導入が進められています。無線LANはケーブル敷設の必要がなく、APと無線端末を用意するだけで、いつでも、どこでも必要な時に気軽に利用できます。今後は企業等でもLANの主役はイーサネットから、無線LANに移行していくと予想されます。

 企業業務では日常的に機密情報がネットワークを流れていますので、セキュリティには特に気を付ける必要があります。

 無線LANで特に気を付けなくてはならないのがデータの盗聴です。無線LANの電波は空気中を拡散しますので、電波を傍受することで簡単に情報収集することが可能となります。また、電波は企業の施設内だけでなく、施設外にも飛んで行ってしまいますので、社外の人が施設に立ち入ることなく社内ネットワークに侵入することができます。

 盗聴に対する対策としては暗号化が有効です。また、不正侵入に対しては認証が有効になります。

 無線LANの暗号化方式にはWEP、TKIP、CCMPがあります。TKIPはWPAで採用されている暗号化方式で、暗号化アルゴリズムにはWEPと同じRC4が利用されていますが、鍵の生成の方法が違います。CCMPはWPA2で採用されている暗号化方式で、暗号化アルゴリズムにはAESを使っています。認証としては、MACアドレス、SSID、PSK、IEEE802.1Xなどがあります。



5.1 暗号化方式

5.1.1 WEP

 WEP(Wired Equivalent Privacy)は有線(イーサネット)と同程度のセキュリティを確保しようとするもので、無線LANの初期に利用された暗号化方式です。RC4アルゴリズムをベースとした共通鍵暗号化方式で、WEB鍵の長さは40ビット(ASCII文字の場合は5文字、16進数の場合は10文字)あるいは、104ビット(ASCII文字の場合は13文字、16進数の場合は26文字)のものを使います。このWEB鍵の前に、24ビットの初期化ベクトル(IV)を付加して、64ビット、あるいは128ビットの共通鍵(暗号化鍵)を作成します。

 なぜ初期化ベクトルが必要なのかということですが、これには少し前提知識が必要です。WEPではキーストリームというものを使います。キーストリームは管理者が設定するWEP鍵(40ビットあるいは104ビット)に24ビットのIVを加えて構成されたものを擬似乱数生成器(PRNG)に通すことで得られるものです。WEP鍵は通常は頻繁に更新しませんので、もしIVを使わないということになると、キーストリームはいつも同じものになってしまいます。WEPでは、キーストリームとデータの排他的論理和で計算しますので、キーストリームがいつも同じだと、キーストリーム自体を類推される可能性があります。また、パケット(暗号化する前の平文の状態)には部分的に固定値を取るところがありますので、キーストリームの類推からパケット全体を類推することが容易になってしまいます。従って、WEB鍵の先頭にいつも変化するIVを付けることによって、キーストリームを変化させているということになります。ただし、このIVを平文として、暗号化されたパケットの付加して伝送します。

 WEPではデータの完全性を保証するためにデータ部分からハッシュ値ICVを計算しています。そして、キーストリームと「データ+ICV」で排他的論理和(XOR論理演算)の計算をすることで、暗号文を生成しています。

 

※ICVはデータの完全性を保証するためにデータ部分からハッシュ値を計算したものです。

 当初、WEP鍵は40ビットのものが使われていましたが、WEB鍵が40ビットの場合、鍵の全数探索で容易に鍵を類推できます。また、IVは24ビットと短くしかも既知なので、望みのIVに対するキーストリームを得ることが可能となります。これはWEPの致命的な欠陥とみられています。ただし、104ビットのWeb鍵には致命的な欠陥は見つかっていません。



5.1.2 TKIP

 TKIP(Temporal Key Integrity Protocol)はWPA(Wi-Fi Allianceの暗号規格)で採用された暗号化方式で、IEEE802.11の一部として採用されています。

 TKIPでは通信を行う無線端末のMACアドレスや擬似乱数などを元にして一時的な暗号キーを生成します。鍵は一定量の通信が行われると破棄され、新たな鍵が生成されます。WEPと異なり端末ごとに暗号鍵が異なり、更に鍵は刻々と変更されるため、WEPと比較すると安全な通信を実現できます。暗号化自体はWEPと同じRC4を使っていますが、初期化ベクトルの長さは2倍になっています。暗号化方式がWEPと同じですので、古いWEP対応機器でもソフトウェアを更新することでTKIPに対応させることができます。



5.1.3 CCMP

 CCMP(Counter Mode CBC-MAC Protocol)はWPA2で採用されている暗号化方式です。TKIPは、WEPのみの対応だった初期製品をそのままより安全に利用できるようにするための拡張だったのに対して、CCMPは暗号化の処理方法を1から組み立て直したものです。暗号化のアルゴリズムもRC4より強度の強いAESを利用しています。

 CCMPはWPA2で採用された暗号化方式ですが、WPA2はIEEE802.11iに準拠しています。

 AES(Advanced Message Authentication Code Protocol)はアメリカ合衆国の国立標準技術研究所(NIS)が認定した暗号方式です。暗号化を行うための鍵の長さが128/192/256ビットで、非常に安全性が高くなっています。AESは暗号化としては非常に強力ですがソフトウェアで実現しようとするとCPUに高い負荷がかかることになりますので、通信速度を一定以上に維持するためには専用チップでハードウェア処理をすることが重要となります。

■ CCMPによる暗号化処理
 CCMPは暗号化アルゴリズムとしてAESを採用しています。AESはブロック型暗号ですので、平文が一定サイズに収まらない場合に処理が手間取るのですが、CCMPではこの問題を処理するためにカウンターモードを採用しています。

※ブロック型暗号は、平文を一定の長さのブロックに区切って、暗号化・復号を行う方式です。平文を一定量(64ビット、128ビット、256ビットなど)のブロックにまとめて処理をするので効率的です。平文が一定量(ブロックサイズ分)そろわないと処理が開始できない(処理が遅れる原因)とか、平文がブロックサイズの整数倍でない場合は整数倍にそろえる処理(パティング)が必要となるなどの問題もあります。

 カウンターモードでは、暗号化したいメッセージを直接暗号化するのではなくカウンターと呼ばれる一定の値を暗号化して、この結果とメッセージを排他的論理和(XOR)を取ることで暗号文を生成します。暗号化にはAESが使われます。AESの鍵の長さは128ビットで、ブロック長も128ビットが使われています。


暗号化をするのはカウンターですので、平文のメッセージ長さはブロック単位の整数倍である必要はなくなりました。そのため、平文の長さをパディングで調整する時間が節約できます。また、メッセージはカウンターを暗号化した結果とのXORを取るだけですので、メッセージが到達する前に暗号化までは事前に計算しておくことができます。この結果、高速処理が可能となっています。

■ CCMPパケットのフォーマット

 MICはメッセージ完全性符号(Message Integrity Code)で、メッセージを認証するための短い情報です。






5.2 認証方式

5.2.1 MACアドレスフィルタリング

 無線LAN端末の無線LANアダプタに割り当てられているMACアドレスをAP等に事前に登録しておき、登録されたMACアドレスの端末にのみアクセスポイントへの接続を許可する方法です。MACアドレスを登録するだけで簡単にセキュリティ環境を構築できる方法ですが、無線LANのフレームを傍受されるとMACアドレスは簡単に知られてしまいます。MACアドレスが知られると、簡単になりすましができてしまいますので注意が必要です。



5.2.2 SSID

 SSID(ESSID)は無線LANのアクセスポイント(AP)の識別子ですが、この識別子が無線LANのグループを識別するために使用されます。APにアクセスする無線端末は、APと同じSSIDを設定する必要があります。

 SSIDは本来はセキュリティを目的としたものではなく、無線LAN端末をAPに容易に接続するためのものです。そのため、ビーコンフレームなどにはSSIDがついています。これをセキュリティの目的に使う場合にはビーコンフレームのSSIDを見えないようにする必要があります(SSIDが分からないと無線端末はAPに接続できないために、社内の広報システム等を使ってSSIDを知らせるなどの手段が必要となります)。ただし、キャプチャソフトによってはSSIDを隠ぺいしても読み取ってしまうものもありますので、これだけに頼りすぎないことが大切です。



5.2.3 PSK

 PSK(Pre-Shared Key)は、暗号化や認証に使う鍵を、通信の前に別の手段で予め交換して、共有しておく方法です。
 
 通常は、無線LANでWPA/WPA2のパーソナルモード(WPA/WPA2 Personalモード、PSKモードとも呼ばれる)を使う場合に、アクセスポイントと端末で通信前に登録しておくパスフレーズのことを指します。通常はユーザが8~63文字のパスフレーズを決めて、それぞれの機器に手動で設定します。

 PSKによる設定は手間が煩雑になりますので、企業等の大規模ネットワークではIEEE802.1X対応の認証サーバを用いて端末認証を行います。



5.2.4 IEEE802.1X

 IEEE802.1Xは、有線LANや無線LANにおけるユーザ認証の規格です。接続を認められた端末以外がネットワークに参加して来ないように認証によって制御します。

 IEEE802.1X認証を行うためにはサプリカント、認証装置、認証サーバの3つの構成要素が必要です。

 サプリカント(supplicant)はIEEE802.1X認証におけるクライアント、またはクライアントにインストールするソフトウェアのことです。最近のPCには標準でインストールされています。
 認証装置(Authenticator)はサプリカントと認証サーバの仲介をするネットワーク装置です。IEEE802.1X対応のLANスイッチあるいはAPのことです。これらの機器は、クライアントであるサプリカントと認証サーバ間の認証結果を受けて、ネットワークへのアクセスの制御を行います。
 認証サーバ(Authentication Server)は、IEEE802.1X/EAPに対応したRadiusサーバを使用します。

 無線LANではアソシエーションの後に、IEEE802.1Xを使ったEAP(Extended Authentication Protocol)認証を行い、その端末をLANに接続させていいかどうかを決めています。

 サプリカントはAPを経由して認証(Radius)サーバとEAPメッセージを何度もやり取りして認証を受けます。サプリカントからのMACフレームはAPでRadiusフレームに変換され、認証(Radius)サーバに送られ、認証(Radius)サーバからの返信フレーム(Radiusフレーム)はAPでMACフレームに変換されます。認証が完了するまでは、APはサプリカントからの通信は認証(Radius)サーバへのもの以外は受け付けません。

 IEEE802.1Xで利用できるEAPには、EAP-MD5、EAP-TLS、PEAP、LEAP、EAP-TTLSなどがあります。EAPはEAPOL(EAP over LAN)プロトコルを含み、メディアの違い(有線のイーサネット、無線LAN)を吸収しています。EAPはサプリカントと認証サーバの両方が対応していなくてはなりません。

Authentication層 MD5, TLS, TTLS, PEAP,LEAP,
EAP層 EAP-MD5, EAP-TLS, EAP-TTLS, PEAP, LEAP
EAPOL
データリンク層 イーサネット、IEEE802.11




認証方式 クライアント認証 サーバ認証 認証局 セキュリティ 特徴
EAP-MD5 ID/パスワード 無し 不要 × サプリカントはWindowsで標準搭載。チャレンジレスポンス認証。
LEAP  ID/パスワード   ID/パスワード  不要  △ Cisco独自の認証方式。辞書攻撃による脆弱性が発覚。 
PEAP ID/パスワード 証明書 必要 Microsoft、Cisco、RSAの提唱。サプリカントはWindows標準搭載。ユーザIDと証明書のハイブリッド方式。サーバ側の認証はサーバ証明書を使用するが、クライアント側の認証はID/パスワードなので、クライアントへの証明書のインポートの必要がなく、運用が容易。人気のある認証方式。
EAP-TTLS  ID/パスワード  証明書   必要  〇  対応していないWindows製品がある。ユーザIDと証明書のハイブリッド。TLSの拡張版。
EAP-TLS 証明書 証明書 必要 Windowsで標準搭載。セキュリティレベルが高い。証明書の発行などスキルが必要。

 認証が完了するとサプリカントはネットワークに自由に接続できます。認証を行って、クライアントがネットワークに接続できるまでの流れは次の通りです。


認証が完了すると、認証の種類によっては、認証完了時に認証サーバからAPに暗号鍵の材料(暗号鍵のもと)や所属LANの情報などが通知され、APは暗号鍵のもととなる材料から暗号鍵を生成し、サプリカントに渡します。



5.3 Wi-Fiアライアンスのユーザ認証・暗号化の規格

 無線LANの初期に利用されたWEPの脆弱性が指摘されると、WEPに代わってTKIPやCCMP(AES)などが利用されるようになります。更に認証の必要性が高まってくると、Wi-Fi アライアンス(Alliance)(業界団体)はユーザ認証とデータの暗号化を組み合わせた新しいセキュリティ規格を策定しました。それがWPAです。

セキュリティの種類 暗号化の種類 暗号化の方式 認証方法
WEP WEP WEP なし
WPA2-パーソナル AES CCMP PSK
WPA2-パーソナル TKIP TKIP PSK
WPA2-エンタープライズ AES CCMP IEEE802.1X
WPA2-エンタープライズ TKIP TKIP IEEE802.1X


 WEPの脆弱性が明らかになると、規格の改良作業が始まりました。そのゴールと目されたのがIEEE802.11iです。しかし、IEEE802.11iの規格化は簡単ではなく、Wi-Fiアライアンスはそれを待つことができずに2002年にWPAという無線規格を策定します。その後、ようやく2006年にIEEE802.11i規格が完成しましたので、Wi-Fiアライアンスはそれに合わせてWPA2を策定しました。WPAはIEEE802.11iのドラフトに合わせて策定したものであり、WPA2はIEEE802.11i標準に準拠して策定されたものです。






■ 更新履歴

2016/05/31       作成


参考資料

1 基本的な変調方式・・・一次変調

1.1 初めの一歩

 無線LANでは変調の話が当然の前提知識として出てきますので、知らない人は何のことやらという感じになってしまうのではないかと思います。ここでは本文で出てきたDSSS、OFDMを理解することを目標として、できるだけ簡単に説明したいと思います。

 パソコンは「1」と「0」からなる2進法の世界で動いています。「1」を高電圧にし、「0」を低電圧にするというのが1つの方法です。もちろん、その逆でも構いません。ただ、これは単なる例で、実際はもっと複雑です。

※0を低電圧と単純に定めると、0がいくつも連続した場合に、情報が流れていないのか、それとも0の連続なのかが分かりません。それではということで、高電圧から低電圧に移るタイミングを1として、低電圧から高電圧に移るタイミングを0とするなどという方式が出てきます。こうすると、1の連続でも、0の連続でも困りません。でもこうすると、1ビットを表現するのにバンド幅の2倍が必要となります。これは何とかしなくてはなりません。

 この1と0の組み合わせの信号をデジタルデータ(信号)といいます。パソコン同士を直接シリアルケーブルで接続したり、パソコンとプリンタをプリンタケーブル(パラレルケーブル)で直接接続したりするときは、ケーブル上をデジタルデータがそのまま流れていきます。このケーブルが数メートル程度の場合は全く問題がありません。しかし、ケーブルの長さが数百メートル、数キロメートルとなると、怪しくなります。

 信号が銅線上を流れていくときは電気のエネルギが抵抗によって熱に変えられ、どんどん減少してしまいます(減衰といいます)。また、雑音などによって電圧の変化がハッキリ検出できなくなってしまうことなどもあります。

 ビット値が変化したときのみ電流を送信するという方法ではなく、連続的に変化する振動の方が遠くまで減衰することなく進むことができるということは物理的な事実として以前から知られていました。これを使おうというアイデアが当然出てきます。この連続波を信号の運び屋として利用します。つまり、搬送波ということです(carrier)。搬送波としてサイン波が候補になります。こう考えると交流を利用するという案が出てきます。ではどうやって交流にデータを運ばせるかということですが、交流の波形をちょっとだけ変化せることでデータを載せます。交流の波長をちょっとずらしたり、振幅をちょっとずらせたり、位相をちょっとずらせたりということで、信号を載せます。これを変調といいます。

 今までは有線を前提に話をしましたが、無線ではどうでしょうか。無線では、基本的にサイン波を利用しますので、今までの話は無線伝送にはぴったりとあてはまります。無線ではもう一つ大きな理由があります。それは生のデジタルデータの1と0の波形を、そのまま電波の波で実現しようとすると、周波数の様々な多くの波を合成する必要があります。つまり、とてつもなく広い周波数帯を必要とします。周波数帯は人類の共有財産ですので、有効に利用しなくてはなりません。そのためには特定の周波数の搬送波を使う必要があります。また、電波による通信では共振という原理を使っています。これは受信回路が、ある特定の周波数の波に共鳴して大きな電流が流れるというものです。従って、いろいろの周波数が混じった電波はお互いに混信してしまい、うまく通信ができないということになります。

 これ以降は無線通信に絞って話を進めていきます。変調には振幅を変調する方法、周波数変調、位相変調という方式があります。



1.2 振幅偏移変調

 振幅変調は振幅偏移変調(ASK; Amplitude Shift Keying)とも言います。ASKの最も単純な方法はビット「1」の時には、電波を出し、ビット「0」の時は電波を出さない方法です。この方法はOOK(On Off Keying)と呼ばれます。OOKでは「0」が連続するとき、受信側では、連続した0の情報なのか、それとも電波が来ていないのか、装置が壊れたのか、判別できません。また、連続した1を受信しているときに、一瞬の妨害で電波が途切れても、それを「0」の情報としてとらえてしまうことになります。
 下の例は、OOKを若干修正して、「1」を振幅2/3で、「0」を振幅1/3で表現したものです。

ASKは回路がとても単純になるという利点があるのですが、受信レベルの変動やノイズに弱いという欠点があります。振幅変調の場合は、変調波に雑音が載ってしまうと、後でそれを取り除くのが難しいためです。



1.3 周波数偏移変調

 周波数偏移変調(FSK; Frequency Shift Keying)はデータによって周波数を変える方法です。例えば、「0」の場合は周波数1MHzにして、「1」の場合には周波数2MHzにすれば、周波数を変えることでデータを送信することができます。

周波数変調の利点としては、送受信機の構造がシンプルだということ、変調波に雑音が混じってしまっても後で簡単に取り除くことができることなどがあげられます。しかし、伝送路の速度を十分に生かすことができないという欠点を持っています。1に2400Hzを割り当て、0に1200Hzの波を割り当てたとすると、0を1つ送信するのに、1を2つ送信するのと同じだけの時間を必要とします。また、伝送速度が上がるに従って占有帯域幅が広がってしまうという特徴があります。以上の理由のため高速通信には向いていません。

■ GFSK
 GFSK(Gaussian Frequency shift Keying、ガウス周波数偏移変調)は、ガウス特性を持ったフィルタを通してFSK変調を行うものです。ガウスフィルタはローバスフィルタ(低域通過フィルタ)と呼ばれ、高域成分を落とすフィルタです。



1.4 位相偏移変調

 コンピュータネットワークでよく利用されるのが位相偏移変調(PSK; Phase Shifting Keying)です。位相偏移変調は「0」「1」のデータに応じて位相をずらします。180度位相をずらす場合は、「0」は位相を0度ずらし、「1」は180度ずらすというような感じになります。

※2種類の位相でいいので、0度と180度の組み合わせ以外に、90度と270度の組み合わせなどが考えられます。

 2つの位相を使う方法をBPSK(Binary PSK)と呼びます。

 90度ずつ位相をずらす方法もあります。4つの位相を使いますので、QPSK(Quarter PSK)といいます。QPSKでは、「00」「01」「10」「11」という4つの状態に対応させることができます。こうすると1つの波形毎に2ビットずつ送信できることになり伝送効率が格段に向上します。変調パターンは通常シンボルと呼ばれます。この場合は、1シンボル当たり2ビットを表すことができます。

 PSK変調の様子はよく位相図で表されます。一位相を360度(2πラジアン)で表現すると、シンボル当たりの位相はBPSKは0とπの2点を、QPSKは0、(1/2)π、π、(2/3)πの4点を指していると考えることができます。このような位相図をコンステレーション(Constellation)と呼びます。

※4位相では、45度、135度、225度、315度などの組み合わせがよく利用されています。

BPSK constellation (1bit/symbol)


QPSK constellation (2bit/symbol)

 PSKで位相変化の幅を小さくしてゆけば8-PSK(3ビット/symbol)、16-PSK(4ビット/symbol)のように1シンボル当たりのビット数を増やしていくことが可能です。ただ位相をどこまで細かく使うことができるのかという問題があります。

 信号を多重化するということは多くの信号を混ぜてしまうということです。混ぜてしまっても、お互いに悪影響を与えず、しかも取り出すときに正確に元の信号を取り出すことができれば問題はありません。位相を180度ずらした波同士、位相を90度づつずらした波同士は互いに干渉しません。取り出すときも、簡単に分離することができます。もっと細かく位相をずらすとどうなるでしょうか。多くの情報を載せることができるのですが、お互いに干渉をし、しかも正確に分離できなくなってしまいます。

※無線の場合は直線距離を進んでくる波だけでなく、途中の障害物で何度も反射してくる波も交じってきます(マルチパス、マルチパスフェーディング)ので、位相のずれを正確に把握できない場合もあります。
※QPSKはBPSKと比較すれば雑音に若干弱くなりますが、2倍の情報量を送ることができますので、使い勝手が良い方法とみられています。
※位相パターンを0度、45度、90度、135度、180度、225度、270度、315度のように45度ずつずらせば、一度に3ビット(000、001、010、011、100、101、110、111)の状態を送信できますが、雑音の影響をかなり受けやすくなりますので、誤り訂正の信号を付加して使うことがあります。PSKだけだと8-PSKあたりが限度だとされています。

■ GPSK
 位相変調方式では受信側で、受信信号の位相が基準となる信号からどれ位ずれているか何らかの形で判断できなくてはなりません。一つの方法として位相識別のために基準となる信号を送信側から受信側に送るという方法があります。もう一つの方法は、現在の1つ前に伝送されてきた波の位相をその都度0°(基準)と解釈して、位相を判断する手法です。これをDPSK(Differential Phase Shift Keying)といいます。単にPSKという場合は、ほとんどの場合、DPSKが使われているようです。BPSKなら、DBPSKになります。QPSKを使う場合は、DQPSKとないます。



1.5 QAM

 実際の無線通信でよく利用されているのがQAM(Quadrature Amplitude Modulation、通称は「カム」)と呼ばれる方式です。日本語では、直交振幅変調です。振幅変調の一種であって、決して振幅位相変調ではありません。あくまで振幅変調なのですが、位相の要素も変調に絡めています。ただ、振幅位相変調ではありませんので、データを載せるときにその都度振幅と一緒に、位相も変調するということをやっているわけではありません。

 ではどうしているのかというと2つの波を使っています。2つの波にそれぞれ2ビットずつ担当させて、その2つの波を合成して、送信しています。2つの波が2ビットずつ担当しますので、合せて4ビットとなります。1つの波が下位2ビット、もう一つの波が上位2ビット担当します。

 2つの波は合成され、受信側で分解して、2つの波を取り出さなくてはなりません。2つの波に載せられた信号同士も互いに影響しあわないようにしなくてはなりません。このような要求を満たすことができるのは、搬送波を互いに90度位相のずれた波にすることです。90度位相のずれた波は直交(quadrature)しているといわれます。直交している波は互いに干渉しませんので、どちらかの信号が他方の信号を書き換えてしまうということがありません。直交している波は合成することができ、合成した波を分解して、元の波を取り出すことも簡単にできます。

 QAMで利用される2つの波はsin波とcos波です。実際にはcos波と、位相が90度遅れたsin波、つまり-sin波が利用されます。cos波に振幅変調(Amplitude Modulation)をかけて上位2ビットを担当させ、-sin波に下位2ビットを担当させて、この2つの波を合成します。これで、4ビットの値が作成できます。

 この変調をcos波の変調を横軸、-sin波の変調を縦軸として、星座の様に表示すると次のようになります。

16QAM信号空間ダイアグラム


 cos波、-sin波をそれぞれ4段階で変調すれば、2ビットずつの表現ができます。2つの波を合わせると4ビット表現ができ、これで16通りのビット列ができますので、16QAMとなります。cos波と-sin波をそれぞれ8段階で変調すれば、各波ごとに3ビット表現ができ、これを下位ビット、上位ビットとすれば、併せて6ビット表現が可能です。これが、64QAMということになります。cos波と-sin波をそれぞれ16段階で変調すると、各波ごとに4ビット表現が可能となり、これを上位、下位で合わせると、8ビット表現が可能で、こうなると256通りの情報を表現できます。これが256QAMということになります。




2 スペクトラム拡散・・・二次変調

 ここまで説明してきた振幅変調、周波数変調、位相変調、QAMなどは搬送波にデータを載せるための基本的な変調方式です。これに対して、ここで説明するスペクトラム拡散は元の信号を広い帯域に拡散させることで、干渉に強く秘匿性の高い通信を実現するための技術です。

 通常、無線通信の信号のエネルギーは狭い周波数帯に集中しますので、この帯域にノイズや別の電波が混入すると、その影響を大きく受けてしまい、送信した信号を失ってしまう可能性があります。
 スペクトラム拡散は信号を拡散符号と呼ばれる信号によって元の信号より広い帯域に拡散させた上で送信し、受信側で同じ拡散符号によって元の信号に復元するものです。同じ拡散符号を使わないと復元できませんので、機密性がある程度確保できるという利点があります。また、ノイズが入っても簡単に取り除くことができます。

 スペクトラム拡散は雑音に強く、秘匿性が高いといった特徴を実現するための作業です。これを便宜上、二次変調と呼んでいますので、周波数変調などの基本変調は、一次変調と呼ばれています。



2.1 周波数ホッピング・スペクトラム拡散

 周波数ホッピング・スペクトラム拡散(FHSS; Frequency Hopping Spread Spectrum)方式では、4FSK、BPSKなどの変調を行い、その後、拡散符号からできるホッピングパターンに沿って短時間に周波数を変更(毎秒数百回)します。頻繁に周波数を変更しますので、通信を検出することはほぼ不可能で、妨害を与えることも困難です。また、直接到達する信号を受信した後、受信側は周波数を変えてしまうので、障害物などに反射しながら届いた信号に影響されることがありません(マルチパスフェーディングに強い)。



2.2 直接シーケンス・スペクトラム拡散

 直接シーケンス・スペクトラム拡散(DSSS; Direct Sequence Spread Spectrum)方式は、信号にPN(Pseudo Noise)コードと呼ばれる符号(拡散符号)を乗算することによって変調を行います。これによって信号は非常に広い帯域に分散されます。受信側では、拡散符号から作った逆拡散符号を使って演算し、データを復号します。
 拡散符号が分からないと復号できませんので、通信の秘匿性が高くなります。また、拡散された帯域にノイズが入ってきても、ノイズが局在している場合は、復号の際に拡散されますので、信号強度が一定以下の信号を取り除くことで簡単にノイズを除去することが可能です。

 IEEE802.11bで採用されています。

元の信号
拡散符号により拡散されて信号
ノイズの入った信号(赤がノイズ)
逆拡散符号で復号化(妨害信号は
拡散されている)




3 OFDM

 スペクトラム拡散以外に最近無線LANでよく利用されている二次変調方式にOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiple Access、直交周波数分割多重変調)という方式があります。

 搬送波で信号を運ぶ方式には、大きく分けてシングルキャリア変調方式と、マルチキャリア変調方式の2つがあります。シングルキャリア変調方式は単一のキャリアによって信号を送信する方式であり、マルチキャリア変調方式は、異なる周波数を持つ複数のキャリア(サブキャリア)を用意して、このキャリアにデータを載せて変調し、それぞれのキャリアを合成(多重化)して伝送する方式です。そのため周波数分割多重(FDM、Frequency Division Multiplexing)方式といいます。

 複数の搬送波を使えば当然、通信速度を上げることができます。しかし、離れた周波数を同時に送受信するには、周波数の分だけ、送受信装置、アンテナが必要となり、コストがそれだけ上がることになります。複数の帯域を使えば、貴重な資源を無駄遣いすることにもなりますが、またそれに加えて、FDM方式では、隣接同士の干渉を防ぐためにガードバンドと呼ばれる伝送に用いない空白の帯域が必要となります。

 複数のサブキャリアを使うと占有する周波数帯が広がってしまうのが問題だというなら、各キャリアの帯域幅を思いっきり狭くして、しかも隙間なく並べることができたらどうでしょうか。これなら占有帯域を狭くすることができます。今度は、この条件で如何にして各サブキャリア間の干渉を小さくするかということになります。この解決策を提示したのがOFDMです。

 OFDMは、送信する高速な信号を複数のサブキャリアに分け、データ信号を周波数軸上で並列に多重化して送信する方式です。各サブキャリアはBPSKやQPSKなどの位相偏移変調、あるいはQAM(直交振幅変調、直角振幅変調)で一次変調をかけられたものを、フィルタにかけて分離したものです。

 BPSK、QPSK、QAMなど、任意の情報系列を単位時間Tで搬送波fcに変調をかけた場合に、その変調波のとる周波数分布(スペクトラム)は次のようになります。

※64QAMの場合は、信号を6ビットづつに区切り、複素平面上に64個の点としてマッピングします。複素平面の横軸を実数部、縦軸を虚数部としてIFFTをかけます。例えば、Mode1であれば、最初の6ビットが直流、次の6ビットが1サイクル、その次の6ビットが2サイクル、そして最後の6ビットが1404サイクルの正弦波に変換されます。

※OFDMのキャリア数はフーリエ変換の次数に等しくなります。Mode 1=108×13+1=1405(約4kHz間隔)、Mode 2=216×13+1=2809(約2kHz間隔)、Mode 3=432×13+1=5617(約1kHz間隔)。「×13」は13セグメントを使用した場合、「+1」はキャリア再生用の信号です。

 スペクトラム(周波数あたりの強度分布)が搬送周波数fcで最大になり、山と谷を描きながら端に行くほど減衰していく様子が分かります。この山の形はsincという関数に従います。谷はヌル点と呼ばれます。そしてヌル点の間隔は(1/T)Hzとなることが知られています。このような波形になるのは逆フーリエ変換(IFFT)の結果です。

※フーリエ解析:フーリエ解析はフランスの数学者のフーリエによって創始された数学で「様々な周期関数は、周期の異なる三角関数の無限級数(フーリエ級数)で表現できるというものです。フーリエ変換はフーリエ級数を使って一見分かりにくい波形の中に何kHzの波と何kHz波と何kHzの波がどれくらい含まれているかを解析する方法で、フーリエ逆変換はその逆です。

 このサブキャリアを各サブキャリア間の干渉が最小になるように重ねます。次は4つのサブキャリアを重ねた様子を示したものです。 実際のOFDMでは数十本~数千本ものサブキャリアが使用されています。


 OFDMではこの「谷底」となるヌル点の周波数に次の搬送波の山を載せることで、干渉を最小限にしながら複数の搬送周波数を狭いスペクトラムに詰め込むことに成功しています。各サブキャリアは狭い帯域に折り重なるように密に並べられていますが、各サブキャリアが互いに直交しているため、干渉が起こっていません。

 受信側では高速フーリエ変換(FFT)アルゴリズムを用いて各サブキャリアを分離することができます。OFDMはIEEE802.11aやIEEE802.11gなどで利用されています。

更新履歴

2016/9/5     作成
2017/9/4     1.5 QAMの修正

























































































































































































































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